「こどものおもちゃ(通称:こどちゃ)」は完全に子ども向けではありませんでした。リアルタイムで漫画を読み、アニメも観ていましたが実はものすごく重い。人間の心のリアルを真正面から描く社会派ストーリーなのです。
こどものおもちゃ:ざくっとあらすじ
テレビに出演し周囲を笑顔にする天真爛漫な人気子役の倉田紗南(クラタ サナ)。乱暴で何を考えているかわからない問題児の羽山秋人(ハヤマ アキト)。
反発しあっていた2人は次第にお互いの抱える”心の闇”に触れ、理解し合い、支え合うようになっていく。
連載時期
作者:小花美穂
1994年8月号~1998年11月号、りぼんにて連載。全10巻。完全版/文庫版 全7巻。
個人的感想
現実味があるから心に刺さる
あらすじだけ見ると子どもの成長と恋愛を描いた王道漫画のようですが、青年誌で連載しても違和感がないくらいに深くてリアル。少女漫画という枠に収まらない作品なのです。
そもそも小花先生の描くストーリーはどのタイトルも王道ではなく、読み始めたら小花ワールドにハマること間違いなし。
「こどものおもちゃ」は子ども達の無邪気な日常の裏にある家庭問題や学級崩壊にいじめ、心の傷や孤独などの現実が真正面から描かれます。
どの問題も決して軽く扱われることはなく、その奥にある人の心までしっかりと掘り下げられるのです。
紗南ちゃんたちは小学6年生~中学生へ、ちょうど思春期の難しいお年頃に成長していきます。思ったようにいかないもどかしさ、張りつめた感情、葛藤、全ての描写が丁寧です。
「子ども」と「大人」の境界に立つ子ども達の心は大人が思っているよりもずっと複雑で繊細。大人が思っているよりも子どもは子どもではなく、また大人も未熟な部分を抱えている…そんなリアルさもある。
フィクションでありながら現実味があり、連載当時に読んでいた時よりも刺さった。
明るさの裏にある弱さ
芸能界で活動する主人公、明るく元気でまっすぐな紗南ちゃんに憧れを抱いた読者は多いと思う。そんな紗南ちゃんのような人でも、ちょっとのことで心のバランスが崩れてしまうということもしっかりと描かれる。
この「ちょっとのこと」というのは、あくまでも「他人から見るとそう見える」だけで、本人にとっては重大なことなのです。無理に励ましたり頑張らせてはいけないという人の心の繊細さが丁寧に描かれています。
重たいテーマが続く中でもテンポのいいギャグを随所に挟み、鬱々した気持ちにばかりさせない見事なバランスを作るのが小花先生の魅力です。
とはいえ、この辺りだけはこれまで紗南ちゃんの明るさで支えられてきた部分が大きいので、読んでいて少し苦しくなるかもしれません。
羽山の”心の闇”を救った紗南ちゃんが、今度は救われる番。紗南ちゃんが自覚していない”心の闇”がどのように救われるのか、この展開はアニメではカットされているので漫画初見だと結構な衝撃かもしれない。
そしてこの展開が描かれたのは1998年発行の9巻。その翌年1999年に製薬会社が「うつは心の風邪」キャンペーンを始め、世間で”うつ”という言葉が広まり出したのです。
つまり小花先生は「メンタル」や「心のケア」などの言葉が一般的でなかった時に、ふとしたきっかけで「心のバランスが崩れる」という現象を描いていた。
キャラクターの魅力
色んな意味で強烈なキャラクターである紗南ちゃんのお母さん「実紗子(ミサコ)」。
自身の頭にリスの「まろちゃん」を飼っていて家の中をゴーカートで暴走するような人です。
このように普段は破天荒ですが、物事を冷静に受け止められる素晴らしい人です。紗南ちゃんが幼い頃に交わした母子2人の約束以外に紗南ちゃんを縛ることはなく、娘の意思を尊重し信頼する、理想的な親子関係を築いています。
この交わした約束も無理やりしたものではないけど、結果として紗南ちゃんを悩ませることになりました。けれどこの約束が果たされた時、冷静でありながらも感情が溢れ出るお母さん。倉田家だからこその、お母さんのこの気持ちには心臓が痛くなる。
それから興奮状態になると唐突にラッパを吹き始める美少年「直澄(ナオズミ)」くん。この作品の子ども達はみんなどこか大人っぽいのですが、直澄くんはズバ抜けていると思います。羽山も言ってた通り「深い」のです。
羽山も「深い」感情は持っていますが、それを簡単にやってのけるのが直澄くん。相手の気持ちを汲み、尊重し、心から相手の幸せを願う直澄くんには本当に幸せになってほしいと思ったものです。
この2人は個人的に特に好きなキャラクターなのですが、その他のキャラクターも個性があって生き生きと描かれています。このキャラクター達1人1人も「こどものおもちゃ」の大きな魅力でしょう。
〆る
子どもの目線で描かれているストーリーで、もちろん同じ年頃の子が読んでも共感できる部分も多いですが、大人が読むとより深く刺さると思います。
この作品が何年経っても色褪せないのは時代が変わっても人の心は変わらないからでしょう。
「こどものおもちゃ」は少女漫画という枠を超えた作品で、屈指の名作です。
